Masuk「騎士殿よ、村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」
霧がかかるように、顔から険しい相が現れる。問いは分かり切っている。自分が本当に村を陥れる間者かどうかだろう。本当だった場合も肯定するわけはないが、答えは否である。
そう問われると、思っていた。 しかし、村長の言葉は私の想定とは違う、慮外なものであった。「どうだ、この村は」
拍子抜けするようなことを言う。それは完全に想像の範囲外で、出鼻をくじかれた私は思わず「はっ?」という声を漏らしてしまった。
「いやな、騎士殿から見てカルムはどうだと思ってな」
「どう、と言われましても」私の答えはいいえ、そう返す予定だった。それが蓋を開けてみればこの村をどう思うかという、なんとも曖昧な問い。改めて村長が危機感を抱いているのか分からなくなる。
そうやって答えかねていると、村長は私の滑稽さに動かされてか反射的に微笑む。「まだ二日間じゃ分からねぇか」
よく分からない、というのが率直な感想
ただ予感がして、目が覚めた。 他人の力で目覚めることなど、憂鬱の塊でしかない。少なくとも、私はそう思う。今まで何度かその機会を経験したが、自分は起きているのにお前は眠り呆けている、という優位性を振りかざしてくる。そして私を嘲ることで気を良くしていくのだ。 眠らせてくれないのもまた、起こす者だというのに。状況からして無視するわけにもいかないのがまた煩わしい。 今回先に目を覚ましたのも、つまりはそんな気配を感じ取ったからだった。 眠っていた部屋の扉が開いたと同時、初めからそういった仕掛けだったように刎ね起きる。「おはようございます。……ああ、既に目覚めていますね。流石ですね騎士様」「おはようございます、リーデ様」 そこに現れたのは、果たして長鎗の彼女であった。夜警から戻り、その足でかは定かではないが、ともかく私を起こしにやって来た。夜通し立っていたであろう彼女の相貌からは、特に疲労した様子を窺えない。なので、恐らくは夜警に慣れているのだろう。普段から夜警に立ち慣れているのか、それともこういった警戒態勢はよくあるのかは分からないが、つまりはそういうことだ。「そろそろ交代の頃合いです。なので、準備をお願いします」「今はどなたが守っておられるのでしょうか」「セシルさんですね」 双剣の彼女だ。 今までの印象では、あまり真剣に守備をしているイメージはないが、警戒態勢では違うのだろうか。どのみち、私は任をこなせればいい。 誰かが運んでくれたのか、寝床の隣にいつの間にか昨日身に着けていた装備が置かれていた。物音がしたら勝手に起きるものだと自分では思っていたが、どうやらそうでもないらしい。 ただ、今まで着込んでいた肌着がなく、代わりに少し洒落た肌服がある。鎧を装着するのに煩わしさはなさそうだが、服が突然別の物は変えられていることに違和感を覚えた。それとも、カルムでは肌着を贈ることが習慣なのだろうか。「すみません、今まで着ていた肌着があったと思うのですが」「ああ、あの使い古された。だいぶボロボロでしたので、差し出がましいとは思うのですが新しい物
「騎士殿よ、村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」 霧がかかるように、顔から険しい相が現れる。問いは分かり切っている。自分が本当に村を陥れる間者かどうかだろう。本当だった場合も肯定するわけはないが、答えは否である。 そう問われると、思っていた。 しかし、村長の言葉は私の想定とは違う、慮外なものであった。「どうだ、この村は」 拍子抜けするようなことを言う。それは完全に想像の範囲外で、出鼻をくじかれた私は思わず「はっ?」という声を漏らしてしまった。「いやな、騎士殿から見てカルムはどうだと思ってな」「どう、と言われましても」 私の答えはいいえ、そう返す予定だった。それが蓋を開けてみればこの村をどう思うかという、なんとも曖昧な問い。改めて村長が危機感を抱いているのか分からなくなる。 そうやって答えかねていると、村長は私の滑稽さに動かされてか反射的に微笑む。「まだ二日間じゃ分からねぇか」 よく分からない、というのが率直な感想だ。寛容かと思えば、先刻のように私に悪意を向けてくる者もいる。受け入れられているのか、拒絶されているのか判断出来ない。いつもなら何も考えず任に務めるのだが、なんとなく調子が狂う。私に対する感情は悪意ばかりだったのに。ここでは様々な感情が、頭を乱しては別の思いがまたかき乱していく。戦場とは違う意味で、吹き付けるものが多すぎるのだ。「まだ、よく分かりません」「そうか。まあ、しゃあねぇな」 言いながら、村長は髪の毛に手をつっこんで頭を掻いた。「私は間者なのかどうかを詰められるとばかり」「聞いて、もしそうだった場合教えてくれんのか」 それはない。 そう首を振ると、「だろう」と言って笑った。「生憎優秀な奴らに恵まれてな。最終的な判断は俺が下すが、鎮座してるだけだ」 信頼している、という意味なのだろう。しかし判断を下し責任を負うという役目は、それだけで大きな負担を負う。ときに地位を失い、命を以て償う場合もある。それを集落の者達の適材適所という言葉だけで済ませるには、あ
「待ちなよ」 しかしその前に、呼び止められる。 両顎が張り、ずるそうな相を現した副村長だった。「明日だ。それまではいてもらう」 疑っているため、当然の主張ではある。だが自警団が監視に着くということに加え、警戒態勢であるとはいえカルム村は野盗に様子を探られていた状態だ。それを牽制するのは私の役目である。それなのに、私はまた責務を先延ばしにされてしまった。 もどかしい。私はただ、任務に就きたいだけなのに。与えられた役目すら全う出来ない。「……今は警戒態勢です。であればすぐにでも立つべきでは」 それに、副村長は呆れた風の息を吐く。「言ったろう、騎士様はいま疑われてるんだ。まあ、今は自警団みんなで立ってるんだ、今夜は大人しくしておいてくれ」 今まで得られないからと無視してきた信用、という言葉が私の責務を邪魔していく。確かに、国から仰せつかってやって来たといえ、村としてどちらを使うかと言えば信頼できる身内だ。「自警団の方が私の隣に立つのでしたら問題はないのでは」「保険だよ。まあカルムとしては、しっかりと疑いは晴らしてもらいたいところだがね」 ねぇ騎士様。 そう付け加えて、口角を吊り上げる。 彼の意図がよく分からない。私が不利になるよう口撃しているよう聞こえるが、しかしその言い様には正当性がある。口が悪いだけなのか、それとも明確に私を追い出そうとしているのか。これまでの言い回しからどちらとも解釈出来るため、判断が出来ない。口が悪いだけならどうでもいいが、後者なら考慮する必要がある。責務を果たせなければ、この国では私に価値はないのだから。「分かりました。では朝、責務を果たしましょう」「へぇ、随分と物分かりがいいね」 頬の上に描いたような微笑を漂わせながら、副村長は自分の顎を擦る。驚く表情すらみせずに。まるでそう答えるのが分かっていたかのようだ。私が反論する意味のなさを、副村長は分かっているのだろう。「騎士殿、今日はうちで寝ろ。それでいいだろ? ラヴァーグ」「ああ、そうしてくれ
「村長。まずは騎士様には何をしていたか聞かなくちゃならないんじゃないか?」 黒い羽織りものに肌着。それにくせっけの強い波の打った茶髪が特徴的な彼。鷲のように彫り深く、鼻も高い。歳は大体村長と同程度だろうか。「お初にお目にかかります。騎士のエメ・アヴィアージュと申します」 軽く頭を下げる。「副村長のラヴァーグだ、騎士様。まずは村にいない間、何をしていたか聞かせてくれるかい」 片手でろくろを回すような仕草をしながら、狡猾な相で笑う。それだけで、副村長は私に対して肯定的でないことが見て取れた。関係のないことだが。「ラヴァーグ、騎士殿が何してたかはクリエに聞いたじゃねぇか」「実際騎士様から聞かないと意味ないだろ?」 道理だ。 分かりました、そう言って事の発端である店主でと視線を向ける。「私はそこにいらっしゃる商店のご主人に依頼を受け、最近見かけないという商人を探しに村の外に出ました。ただ、当初はカルム村の周辺地理を把握する目的で出歩く予定でしたので周辺を捜索する程度でいましたが」「リアムが言うには、鎧を洗いたいからと言って川か泉を探してたそうじゃないか」「はい、その通りです。そこで、魔獣に囚われていた商人を見つけました。時間が遅くなってしまったのは森深くであったのと、魔獣と交戦があったためです」 なるほどね。 口角を引き上げながら、副村長はそう答えた。その所作は芝居じみていて、どこか私を疑うような、冷笑のような冷ややかな表情である。「クリエとの話に相違はないみたいだねぇ。でも野盗が現れたタイミングが都合が良くてさ、それを証明出来ないとこっちも手引きしたんじゃないかって疑わないといけないんだよ」 人を責めるを楽しむかのような、いびつな笑み。人を嘲るようなどろりとした敵意が、そこにはあった。「……証明しろということであれば、アセナ様がまたこの村にいらっしゃれば分かるかと」「それまで待ってろと言うのか、長い話だね」 もっともな返しだ。だが私にはそれ以上組み立てられる提案は
森を通り野原を通り、カルム村に到着したときには夜も深くなっていた。鎧の内の肌着は未だ濡れており、刺すような冷気が鋭い切っ先となって肌に突き刺さる。その痛みを伴いながら辿り着いた村の入り口。その前に立ち塞がる、長鎗を携えた見知らぬ女性。背まである栗毛に柔和なその顔立ち。茶色い外套だけが、彼女を外敵ではないことを知覚させる。「貴女が騎士様ですか」 棘のある、しかし不思議と皮肉な響きのない声色。「はい、その通りです。あなたは?」「……自警団のリーデと申します。お見知り置きを」 そう言って、頷くほどの小さな礼をした。額から離れた前髪が、力なく揺れている。 先日ここにいた、双剣の彼女が言った台詞を思い返す。曰く、自分ともう一人でここを護ってきたのだと。そのもう一人は巨躯の彼であることが判明している。つまり長鎗の彼女がここに立っているということは、現在何かしらの事情が発生しているかもしれないということだ。 仮にあの二人のどちらかが門番に立てない理由が出来たのなら、代わりに長鎗の彼女が立っているのにも頷ける。しかしそれが、もし村内の事情であるならば私には関係のないことだろう。私はただの騎士である。商人の奪還は村の物流に関わる問題で、私にも無関係ではないことだったため介入しただけだ。 私が介入してなんになろうか。「失礼ですが、騎士様は今までどちらに」「商店のご主人に依頼されて南の森におりました。近頃贔屓にしている商人を見かけないとのことで、その捜索を」「どうして南の森に?」「鎧を洗いたかったので。川か泉は近くにあるか番人の方聞いたところ、森の中にあると」「……なるほど。クリエさんの言ったことと差異はないようですね」 確認するかのように口に出す。クリエという人物に覚えはないが、話の流れから店主のことだと思われる。一体何を確認しているのか、彼女の言い回しはどこか訊問じみていた。 まさか逃げたと思われているのだろうか。しかし自分は店主から頼まれ、そして何人かに己の行動を報告して言ったはずだ。その者達に尋ねれば筋は通る。そして
「あれ、あたし……」 状況が呑み込めないという風に上半身を持ち上げる。まだ少し意識が混濁しているのか、こめかみ辺りを押さえて一つ息を吐く。「メリサンドと話してて、急に眠くなって、それから……」 確認するように、ぽつぽつと独り言ちる。恐らくは魔獣に眠らされる手前の記憶だろう。話していて、という点から、少なからず遠い存在ではなかったことが窺える。「アセナ……」 池の中央で、顔だけを水面に出した状態の魔獣が誰かの名を呼ぶ。それが風使いの名前であることは想像に難しくない。「メリサンド。ねえ、どういうことなの。どうしてこんなことをしてしまったの」「それは、その。私」 一目惚れしたから。魔獣はその話を切り出すのに、一種の辛さを感じているようだった。伏し目になり、いじらしく両手で鼻を覆う。その仕草は完全に人間の女性で、肌が水色でなければまさしく乙女そのものといっても差し支えないほどだ。先ほど水面下で私と戦っていたあの魔獣とは、明らかに別の何かだった。「グリフォンに水をやるためにこの池に降り立ったあのとき、私はあなたに一目惚れしてしまった。だから」 だから幽閉してしまった。 これは自分のものだと。巣穴に持ち変える野生動物みたいに。「初めて話しかけてくれたあのときから、何度帰らないでと思ったことか。でももうさよなら。アセナは私を赦さないだろうし、こうして取り返しに来る人間がいるんだから」 言って、私へとちらりと刺すような視線。それにつられて風使いの目が私へ注がれるのを感じる。その雨滴めいた視線からはどことなく窮屈さを覚え、そこで私はフードを被っていないことにたどり着いた。「白髪にその落ちてる大剣……あなた、亡霊ね。フリストレールの白い亡霊」 風使いは一瞬だけ目を皿のようにして驚いたあと、しかし即座に表情を元に戻してそう言った。まさか戦地で一瞬見ただけの相手が私のことを知っているとは思わず、むしろこちらの心の内側に小さな波が立つ。ただ、その呼







